寄稿『俺は野良犬じゃない』(誠福丸)

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 中学の頃に、従姉妹のお姉さんや近所の親戚のお兄さんに誘われて、九頭竜ダムへドライブに連れて行ってもらったことがある。
 ダム湖沿いの絶景を楽しんだ後、ドライブインかどこかで定食でも食べるのかと思っていたのだが、どうも様子がおかしい。

 途中で車を止めて、皆で河原を散策するというのでついて行った。
 従姉妹たちが荷物をたくさん持って降りてきたので、こんな河原を歩くのに邪魔になるだろバカみたいと思ってた。私物だと思っていたんだ。
 目的もなしにウロウロして、いい加減面倒くさくなったので、早く車に戻りたいと思っていたら、従姉妹たちとお兄さんとで「ここにしようか?」「うん、いんじゃない?」みたいな会話をしている。
 そのうち、河原の大きな石を運んできて組み始めた。
 いったい何をするつもりなのか。
 焚き火か?
 別に寒くないぞ。

 お兄さんが火をおこし、従姉妹たちがリュックを開ける。
 少し離れて景色を眺めていた私に、お兄さんが
「ちょっとお前も手伝えよ」
 と言う。
「え、何が?」
 いったい何を手伝うのか、さっぱりわからない。
「いいよいいよ、大丈夫」
 従姉妹がお兄さんをなだめる。

 しばらくすると、皆で焚き火を囲んで食事を始めたではないか。
 信じらんない。
 原始人かよ。
 何考えてんだ。
「お前も座れよ」
「え、何で?」

 まさかとは思うが、これを食べないと、もう食い物にありつけないとか、そんなんじゃないよな。
 きっと、ダムの近くにドライブインがあって、そこで定食を食べるんだよな。
 何が悲しくて、こんな石ころだらけの河原で、というか野外で食事なんかしなきゃなんないんだよ。
 人間は、数万年という年月をかけて、やっと屋根の下で食事ができる文化的生活を手に入れたんだよ。
 俺は野良犬じゃない。
 遺伝子が、かつて自分が野良人間だった時代の記憶を呼び覚ます。
 もうあんな生活は嫌だ。
 地べたに座って、外で飯を食う生活なんか、もうまっぴらごめんなんだ。
 寝るとこもないような生活なんか、思い出したくない。

「お前な、お従姉さんがせっかくあれこれ用意して作ってくれてんのに、一緒に食えよ」
 お兄さんは、どういうわけか不機嫌である。
 っていうか、私が不機嫌だったわけだが。
 何が悲しくて、外で飯なんか食うんだよ。
 頭おかしんじゃないの?
 とにかく、少し離れたところに立って、景色を眺めていた。
 食事も終盤になり、そろそろ片付けに入るころ、お従姉さんが紙皿に焼きそばを入れて持ってきてくれた。
 どうやら、これを食べないと、二度と食い物にはありつけないということらしい。
 猛烈に腹が減っていたのだが、悔しくて拒否した。

 だまされた。
 聞いてねーよ。
 早く帰りたい。
 でも、帰れそうにない。
 お従姉さんが、私の手を取って焼きそばを持たせてくれた。
 仕方がないので食べたが、キャベツの芯ばっかりでまずかった。

「どうだ、外で食べると美味しいだろ」
 お兄さんの言葉に、耳を疑った。
 みんな、頭おかしい。
 こいつら、この先の人生、一生家に入らずに外で過ごすつもりなんだろうか。
 お風呂はどうするんだ?
 着替えは?
 本当にまずかったので、半分ぐらい残してお従姉さんに返した。
 さすがに、お従姉さんの顔がくもった。

「早く帰ろうよ」
 私がしつこく言うので、みんなその後の予定を切り上げて、帰路についた。
「お前なんか、もう二度と誘ってやんないからな」
 お兄さんに言われた。
 人をだまして虐待のようなことをしておいて、誘ってやんないとは何ごとかと思ったが、口には出さなかった。

 次の日には、みんなも私もそんなことはすっかり忘れ、また従姉妹の家に集まってワイワイおしゃべりして遊んだ。

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