ホームレス問題との接点を考えながら、引きこもり関連の情報にあたっているが、この本の著者は有名な精神科医。とりわけ人格障害、特に境界性人格障害、いわゆるボーダーラインの権威だ。なにより、あの「佐賀バスジャック事件」で両親の相談を受け、少年を入院させるべく、警察や病院に手を打った医師その人である。病院が少年に一時帰宅を許可したときに事件が起こるのだが、一説に少年は入院させられたことを恨んで犯行に及んだともいわれる。
さて、本書だが、著者は、
「ひきこもりは病理であるとともに、日本社会の歪みでもある」
として、引きこもりを以下のような視点から捉えようとする。
◆母性社会の病理――母子分離がうまくできない病理、母親の過保護の病理、父親の家からの逃避の病理
◆学校教育の病理――偏差値教育の病理、学校教育の画一化の病理
◆社会的な病理―――豊かであるが故にひきこもっても困らないという病理、少子化の病理、いじめの病理、その他組織が硬直化したことからくる病理
中でも、とりわけ過保護の問題点を、
日本で自立する年齢が遅いのは、親が過保護であるからといえる。日本の親がこれほど過保護になっている背景には、もともと日本が甘えを許容する社会だということがある。一人ひとりの自己責任というのが、日本ではあまり明確にならないのだ。
というように大きく取り上げ、
ライオンなどの動物はある一定の年齢になると、母親の方から子離れする。 ~中略~ 自分で生きるしかないという厳しい試練を与えるのだ。 ~中略~ 動物でも、親がこのように厳しく対処しなければ、子どもはそのままでは自立できないのである。
と、厳しさの必要性を説く。
また、引きこもるきっかけとしての分類を挙げ、
ひよわ型、学力低下型、家庭問題型、心の病気(精神障害)型の四つに分類できる。 ~中略~ 「人格障害」はそれらのどの型にも関係してくることが多い。
として、人格障害との関連を強く主張する。そして、人格障害を基礎とした引きこもりの典型的タイプとして、なんらかの挫折を経て引きこもる「挫折型」を提示し、
(挫折型タイプは)幼いときから親、主に母親から非常にかわいがられ、過保護に育てられて、幻想的な自己愛が大きくなっている。 ~中略~ (挫折型タイプは)人格障害の分類としては、「回避性人格障害」、「自己愛性人格障害」、「境界性人格障害(ボーダーライン)」という三つが多い。これらの人格障害に共通するのは、幻想的で誇大な自己愛を抱いているために、自尊心の傷つきに弱いことだ。
と、過保護による自尊心の傷つきやすさを指摘し、
ひきこもりになる子どもは自立心はなくとも、自尊心はかなり高いという共通項がある。 ~中略~ かくて空想の世界で孤高の自尊心を守る。
何でも思うままになることが、わがまま、自己中心性を強め、それがまた対人関係の能力を低下させ、最終的には孤立化を招くことにもなる。
などと、その自己愛性を批判。最終的には、
どんなに家庭に問題があろうとも、どんなに社会に問題があろうとも、どんなに学校に問題があろうとも、子どもたち、若者たちには、それを突き抜ける強さを身につけてほしいものである。流れ流れて、気がついたらひきこもりになってしまったり、努力しても実らないならば、ひきこもるしかないなどということは、人間の弱さを露呈するばかりである。
と、引きこもりたちに強くなることを求めて終わる形になっている。
よくわからないのは、ライオンの例を挙げ厳しさの必要性を主張しながら、
本来、どんなに親が過保護で過干渉であっても、自立心は生まれてくるものなのである。
としている点か。では、過保護でも問題ないことになってしまうではないか。
また、例に挙げた人格障害の共通項として「自尊心の高さ」をいうのだが、「自己愛性人格障害」は自分を特別視しているのでことさらに自尊心が高いのはわかるのだけれども、「回避性人格障害」は一般に自尊心が低いのではなかったか。だから、気が弱く自己主張が苦手な、
「日本にきわめて多く見られる人格障害」
なのだろう。それが自尊心が高いとは、このあたり、この医師の理屈もよくわからない。
余談ながら、インターネットについて、
パソコンを通して外部とコミュニケーションが取れるからといって、それは生身の人と人との付き合いとはまったく違うものである。パソコン中心のひきこもりは裸の王様のように家で堂々とし、母を召使のようにしていることが多い。
というのだが、生身の接触が特別に真実を語り、ために上質なコミュニケーションであるわけでもないことは、なにかの事件のあと、犯人を知る人が、
「まさかあの人が……」
ということが多いことからもよくわかる。人間、生身で装うことも十分に可能だし、日常、人はたいていそうしているものだ。むしろ、ネットでつい本音を書いてしまうことのほうが、相手の顔を見て物をいっていないだけに、はるかに多いのではなかろうか。人の本音がわかるのは、むしろネットのほうかも知れない。もっとも、こちらも上質とはいえないが。
というようなわけで、要するにこの本は、社会で成功した著名な医師が過保護な親を批判し、甘ったれと決めつけた引きこもりに「俺のように強くなれ」と説教している内容のようであった。そこに流れているのは一貫して「強者の論理」であるように思われる。
実は、これまでこの医師が若者について書いたものをいくつか読んできたのだが、やはりそこにはおなじ論理が流れていたように思う。つまり、「今どきの若い者は過保護に育てられ、甘ったれで軟弱……それは社会の病理」という、いつもの「町沢節」なのであった。要するにこの先生、おなじネタを使いまわして何冊も書いているわけである。商売上手ではあるが、中身はつまらぬ内容だ。本など書かず、本業をしっかりとやってもらいたいものだ。
ひきこもる若者たち―「ひきこもり」の実態と処方箋 町沢 静夫 大和書房 2003-10 |