勝つことだけを信じて

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書店を眺めたりインターネットを歩いていると、近ごろやたらと眼につくことばがある。特定の単語というよりも、ひとつの方向を指し示すキーワードの群れだ。それは「金持ちナントカになる法則」だの「ここがちがう成功者のナントカ」だの「絶対に勝つためのナントカ」だの、そういった一連のことばの群れである。こうしたものはむかしからあったけれども、なんだか最近とても目立つようになってきた。

やはりたいへんな時代だな、と思う。たいへんなくらい嫌な時代だ。だれかが金持ちになれば、だれかが貧乏になる。だれかが成功すれば、だれかが失敗する。だれかが勝てば、だれかが負ける。そうならざるを得ないことを知ってか知らずか、それでなお「なにものか」が、人々を強迫的に駆り立ててゆく。
「自分だけは勝てる」
と信じて、人は走りつづける。それは妄想に過ぎないのだが、そうせずにはいられない。

のんびりゆこう、などという無責任なことをいうつもりは毛頭ない。ときには、人を押しのけてゆかなければならないこともある。けれど、貧乏で失敗だらけで負けてしまった人たちに、
「あぁ、元気になったらまたいっしょにやろうよ」
そうやさしくいってあげられるような金持ち、成功者、勝ち組であってほしいと望むのは、決して高望みではないはずだ。

とりわけ、どん底から這い上がったなどと称する人に多いようだけれども、なんだかやたらと自負心が強い連中が多くて気が滅入る。
「これがオレの成功哲学ッ!」
なんていわれても、べつにあンタ方の哲学なんかどうでもよいような気がする。たしかに経験者のことばには重みがあるが、その経験が万人に通用するわけでもない。いろいろ理由をくっつけてはみたものの、結局は単にツイていただけなのかも知れない。

辛酸をなめてきたからこそ勢いづくのはわかる。
「勝つためにはこうしろッ!」
といいたくなるのもわかる。しかし、鼻息荒くそんなに勝って、いったいどうするつもりなのか。勝ってどうするのか考えて勝っているのか、よく考えてから勝つことを望みたい。

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