「ありがとう」と云われてみる

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 最近、SNSを使う若い人たちのあいだで「つながり孤独」なるものが問題になっているそうだ。

 どこへ出掛けた、なにを食べた、なにを買ったなどのいわゆるリア充の報告に、「自分とはちがう生活の人」と孤独を感じる人。悩みを書いても返事のコメントは表面上の慰めだけで、本音を語れない人。「自分は誰からも理解されていない」と感じる人。数千人のフォロワーを抱えていながらツイートにリアクションがなく、自分への無関心を思い知る人……

 7月24日放送のNHK「クローズアップ現代+」では、解決策として「自分の居場所を見つけること」などを紹介していたが、そもそも居場所とはなんだろうか?

 居場所とは、つづめて云えば「自分には(生きる)価値があると思わせてくれる場所」のこと。自分の存在価値を感じられる場所のことだ。

 イイネやお気に入りやフォロワーやリツイートの数は、単に数字で、満点がない以上、上を見ればキリがない。SNSはネームバリューがモノをいうし、無名の一般人が恒常的に数字を稼ぐのは、たぶんとてもむずかしい。SNSの中に居場所を求める限り、おそらく大多数の人がつまづくだろう。

 自分には価値があると思わせてくれる行為(交流分析で云う「肯定的ストローク」)のひとつに「ありがとうと云われる」というものがある。SNSのイイネやお気に入りは「ありがとう」の代わりだと考えることもできる。

 そして、リアルで「ありがとう」と云われるのは、SNSでイイネされるよりはるかに簡単で、たぶんはるかにこころ癒される。

 ぼくら介護職は、事業所にもよるだろうが、ご利用者さんからほぼ毎日「ありがとう」と云われている。「ありがとう」と云われるために仕事をしているわけではないけれど、よいケアができたことのバロメーターとも考えられるし、ぼくは単純なので「ありがとう」と云われりゃその日一日、浮かれて過ごせる。

 以前、福祉事務所のケースワーカーが研修で老人ホームに行ったら、ご利用者さんから「ありがとう」と云われて驚いたという話を聞いたが、おそらくふだんは礼など云われることがなかったので、まぁそれはそれで問題なわけだけれど、この話はまたの機会にして……

 まぁ手っ取り早いのはね、特養でもグループホームでもデイサービスでもいいから、福祉施設でちょっとボランティアをしてみたらいい。面と向かって「ありがとう」と云われまくってみたらよいのじゃないかと思う。

 むずかしいことはなにもない。雑談したり歌を歌ったり、体操したりゲームをしたりするだけだ(と思う)。そのうちに「誰それさんの顔を見に行く」になり、やがてそこが居場所のひとつになってゆくかも知れない。嫌な思いをするとしたら、それはご利用者さん相手ではなく、職員に対してだろうと思う(笑)。

 他人など気にせず自分のやりたいことをやろう、と云う人もいる。(ウンザリするぐらい)立派である。立派すぎてぼくにはマネできないし、マネのできないヘタレな自分に気がついている。そうして、ヘタレでいいじゃないかと思う。

 無尽蔵にネタを持っていたり、他に類を見ない独自の個性を持っていたり、その筋の第一人者であったり、ものすごい変わり者であったりするのでなければ、ソーシャルネットは多くの人にとって居場所にはなるまい。そんなむずかしい場所にしがみつかなくてもよいのじゃないかと思うんである。

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