並ぶ並ばない並べない、立ち入れない取り戻せない、そして立ち去る

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 ここ数年、正月は、とある路上で開かれる新年会にお邪魔させてもらっている。主催は野宿者で、近隣の路上生活者やサポーター、社会運動家、立場のよくわからない人、あるいはぼくのように得体の知れない者までが集い、新年のあいさつを交わして、おみくじを引き、書き初めをし、飲んで食べて笑い合い、真剣に語り、ときとして披露される一芸に魅入られながら過ごす。

 ふだんはホームレス経験何年だの、その辛く歯を食いしばる生活がどうだっただの、おおきな顔をしてわかったように書きなぐっているぼくも、ここでは駆け出しのペーペーだ。

 小屋持ちでコミュニティを形成している人たちと、単独行動で人に接することなく、巣を持たず夜ごとさまよっていた自分というちがい――決定的なちがいがあるにしても、だからこそ、ぼくはおよそ自分の薄っぺらな経験など話す気にもなれず、先達の話に聞き入ることが多い。妙な言い草だが、ホームレスの初心にかえるような心持ちになる、原点の場のひとつである。

 そんな片隅で、炊き出しを前にして引き返してしまうホームレスについて、それはなぜなのか、という話になった。ぼくも経験しているが、何日も食べられずにいて、すがるような思いでたどり着いた炊き出しの行列に、しかしそれを眼にしたとたん、どういうわけか並ばずに立ち去ってしまうことがある。

 ぼくなどは、それまで恥も外聞もなく、人目もはばからずにゴミを漁ってまで糧を得ようとしてもいたのだから、プライドが邪魔をしたということではない。ぞんざいな態度で食事を配る人も見たけれども、その様子が人としての尊厳を傷つけるほどまでに感じられたということもなかった。もちろん、長蛇の列に並ぶ時間を惜しんだということもない。

 ただ、立ち去るとき、ぼくはなにがしかの諦めを背負っていたことだけを覚えている。

***

 新年会の集まりに、やがて陽が傾いて闇が訪れる。街道を走る車のライトが暗がりをなぎ払い、人々の顔を切り裂く。誰ともなくゴミを片付けはじめ、茶碗や皿がまとめられ、椅子がたたまれ、テーブルが運び去られる。

 なにごともなかったように訪れた静寂に遠慮するごとく、ことば少な、
「じゃぁね」
「さよなら」
「バイバイ」
 まとまって、あるいは散り散りに、ひとりふたりと闇にまぎれてゆく。ぼくもそうして夜の只中へと踏み出す。

 日暮れてなお賑わう街角を初もうで客に揉まれながら、駅へと向かう。人とともに電車に揺られ、人とともにホームに降り立ち、人とともに階段を登り、人とともに改札を抜ける。

 やがて、バス停で列をなしている人々のうしろについたとき、不意に考えが頭をよぎった。
 ――なぜ、なんのためらいもなく、ここまでこられたのだろう?
 どうして、躊躇なく人々に揉まれながら、ここまでこられたのか。なぜ、なんの諦めも背負わずに、ぼくは平然と並んでいられるのか。

 突然、気がついた。今のぼくは、この行列をなす人々の社会に住んでいるのだった。

 ホームレスは市民社会から見れば、非社会的、脱社会的な存在である。通常は忌避され、あるいはいないものとして透明化されている。ホームレスとて、自身を市民社会の一員とは捉えがたく、また捉えようがない。単独行動ならなおのこと、どこの社会にも属していない自分を嫌というほど見出すことになる。

 そして、炊き出しもまた、ひとつの社会だった。すべて見ず知らずの他人同士ということはなく、むしろ多くのあいさつがあり、談笑があり、ご機嫌伺いがある。たとえか細いつながりだとしても、そこには紛れもない社会がある。立ち入るためには「なにか」が必要で、それはぼくが路上生活で失ってしまった「なにか」だった。

 ぼくはそれを取り戻すことができなかった。そうして、取り戻せない自分に対して諦めを感じたのだろうと、今はそう考えている。
(了)

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