「市民VSホームレス」から「自分たちVS問題」へ

スポンサーリンク

 人間、どうも「敵味方」という考えから離れられないようだ。「敵(ホームレス全部)VS味方(一般市民)」という構図から、「自分たちVS問題」という姿勢へとシフトしてゆかないと、立場のちがいによる軋轢はいつになってもなくならない。しかし、なかなかこうはゆかないようである。頭でわかってはいても感情がいうことを聞かないのかも知れない。

 以前、簡単にホームレスの分類を試みたが、こうした分類は行政はいうに及ばず一般市民にとってこそ必要なのだと思う。ホームレスと見ればなんでもかんでも十把ひとからげに論じてしまっては問題の解決策など出てきようもないし、「ホームレス」なることばでレッテルを貼りひとくくりにしてしまえば、「怠け者」「甘えている」「楽をしている」「好きでやっている」「迷惑」「臭い」「汚い」など、すべてステレオタイプの印象で認識されてしまい、個々人の事情やちがいなどまったく考慮されなくなってしまう。
「ホームレス? ありゃ甘えて怠けているだけだ。実にケシカランッ!」
 などというわけだ。

 レッテル貼りの利点のひとつは「思考の経済化」、つまり、すでにできあがった既存の価値観に従っていれば自分はなにも考えずに済んで楽チンだという面があるのだが、こうした画一的な見方はいわれなき差別を生み出すことにもなる。

 感情によって自分の意見を構築していればよいのなら話は簡単だ。だれがなんといおうと自分の考えを主張していればよい。好き嫌いとおなじレベルの意見だから、根拠など必要がない。しかし、当然に説得力は皆無となる。他者の意見との接点などありようもない。

 だが、科学的に考えようとするなら話は別になる。自分の感情が基礎になっている意見を棚に上げ、根拠あるものの上に理屈を積み上げられれば、それは他者に対しても説得力を持つことになろうし、なにより利己を離れることができる。このようにいったん利己を離れ、感情を基礎とした意見を棚に上げなければ、“問題”の解決には近づかないだろうと思うのだが、いかんせん世間には、まず自分の感情から出発してこの問題を論じている人がきわめて多い。それは批判派にしろ擁護派にしろ変わりがない。だから、いつまで経っても両者に接点が見えてこないのだ。なんとかならぬのか、ほんとうに。

関連記事

ウィリアム王子がホームレス支援 ジャーニーは9月14日、「ウィリアム王子、母親の遺志を受け継ぎ、ホームレス支援チャリティのパトロンに」と報じた。故ダイアナ元妃が関わっていたホームレス支援団体「センターポイント(Centrepoint)」のパトロン(後援者)となり、母親の遺志を継いだかたちとなった。 王子がこうした慈善団体のパト...
写真で見るホームレス自立支援センター 外観編...  ホームレス自立支援センターは、路上生活者の社会復帰を支援する施設です。ハウジングプアやハウジングファーストということばを耳にすることも多くなり、「住まい」について考える機会も増えたので、ざっと紹介していきます。  写真は2011年の春に閉鎖された、川崎市の「富士見生活づくり支援ホーム」。20...
ホームレスの大半が多重債務者? 9月28日付の東京新聞が「ホームレス 大半が多重債務者」と報じている。名古屋市にあるホームレス施設「笹島寮」の調査で、利用者の70%強が多重債務者だったという。同寮の生活指導員は「多重債務問題の取り組みなくしてホームレス問題の改善、解決はない」と訴えている。 この手の話は以前にどこかで聞いたナ。...
傾聴ボランティア 「傾聴ボランティア養成講座」などというものがあるそうだ。ちょっと古いが6月11日付の読売新聞で紹介されていた。福祉施設でのボランティアを目指す人や、介護ヘルパーが主な受講者だという。 おもしろいエピソードとして、 「批判や反論はもちろん、助言や忠告も不要」 と指導すると、 「相談されているのに、...
スポンサーリンク