『居住福祉』(早川和男/岩波新書)

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物理的な側面でいえば、ホームレスにはまず住居が必要だ。6畳程度の個室でちいさくても台所のついたもの、プライバシーの確保できる空間が必要である。

最近、居住権のことを調べはじめたのだけれども、人間にとっていかに住まいが大切か、再確認させられた。たとえば阪神大震災。被災者の多くは学校や体育館、公民館などに避難したが、震災から半年ほどのうちにこれら施設内で、実に800人以上が亡くなったというのだ。冷たい牛乳やパン、固く冷えきったおにぎりなどの貧弱な食生活と、真冬でありながら満足に暖の取れない劣悪な環境、むろんプライバシーもない空間の中で、多くの人が命を落としている。ストレスがたまる、体力が落ちる、不眠になる、風邪をひく、肺炎になる、胃をやられる、持病が悪化する……。そうした中で、たくさんの人たちが亡くなったという。

また、その後に作られた仮設住宅でも、震災から2年半ほど経った時点で、神戸市だけでなんと169人もの人が亡くなっている。多くが孤独死であるという。仮設住宅は都市部から離れた場所に作られたものが多く、そのうえ入居は高齢者から抽選で決められたというのだが、こうなれば隣近所は見ず知らずの人ばかりとなる。震災で家を失い、家族を失い、希望を失ってしまった人たちにとって、慰めあい励ましあえるはずである旧知の隣人がいない。そうしたかつてのコミュニティが崩壊した中での生活が、仮設住宅の入居者、とりわけお年寄りを直撃した。栄養失調、衰弱死……。消え入るように亡くなっている。

これだけのことから考えても、劣悪な居住環境、そして住居が定まらないことの、人間に与える影響がたいへんに大きいことがわかる。安心して暮らせる周辺環境、心の安らぐ部屋、プライバシーの保てる静かな空間、台所など自由になる設備……。そうした環境が整わなくては、人は新たな希望を持ち得ない。安心できる住まいを定めてこそ、人間はそこで疲れを癒し、心を癒し、希望を見つけ、明日への一歩を踏み出せるようになるはずである。

個室であることの効用について、『個室のある老人ホーム』(大原一興・小川政亮・衣川哲夫著/萠文社)では、

  • プライバシーの確保
  • 入居者間のトラブル防止
  • 自己管理できる空間の形成と愛着
  • 個性の表出
  • 活動性の向上
  • ゆたかな共同生活

などが挙げられている。

さて、こうした居住環境の必要性は、なにも被災民に限ったことではない。先の見えない、未来に希望を持ち得ないという点では、ホームレスとてご同様である。そこでひとつの例を取り上げたいが、3ヶ月ほど前、川崎市に「愛生寮」というホームレス一時宿泊施設がオープンした。洗濯や食事、散髪などはできるそうだが、2段ベッドが連なる施設で、当然にプライバシーなどまったくない。当初はエアコンもなく(現在は不明)、風呂の代わりにシャワーがいくつか。施設には夕方の6時にならなければ入ることができず、朝の6時までには退去しなければならない。

これは「安心して住める心安らぐ部屋」などではない。当然、生活の拠点とはなり得ないのだ。したがって、こうした施設を好んで使うホームレスは、小屋を持たずにダンボールで寝るなど、きわめて劣悪な環境にあった者が大半を占めるはずで、なおかつ彼らでさえ、ただちに未来に希望を持てるほどの心の安らぎを十分に得ているとは考えられない。小屋掛けしている者にはなおさらで、ボロであっても小屋を「我が家」と心得るホームレスには、「我が家」を捨ててまで移り住もうという気を起こさせるものではないと考えてよいのではないか。

「安心して住める心安らぐ部屋」を持つことで、そこが自分の部屋という意識が芽生え、生活の拠点となってゆく。自分の荷物を持ち込めて、自分なりに部屋をアレンジできる。個性というものができてくる。外の世界の騒がしいイベントに出てゆくか、あるいは自室に引きこもるか、そのときの気分で自由に自己決定で行動できる必要もある。それによって、外へ出かけてさて帰ろうとなったとき、真っ先にここが思い浮かぶようになる。そして、帰ってくるのだ。“自分の部屋”へ。

施設という全体像を考えれば、むろん部屋の環境だけでは済まない。清潔なトイレや浴場、食堂や洗濯場などの設備は当然のこととして、施設の性格づけそのものが問われるだろう。たとえば、ホームレスには仲間をとてもたいせつに思う人が多い。社会復帰を果たしていったん施設を出た人が、気軽に仲間を訪ねられる、あるいは、用もないのに「ただいま」といってひょいと立ち寄れること。ならば、ラウンジのようなものが必要だろう。

さらには、なんの関係もない通りすがりの人が、ただの散歩途中の人が、ぶらりと入れることを考えるなら、ラウンジを兼ねた喫茶スペースも必要になってくる。前庭もいるだろうし、そこは当然オープンスペースとなるべきだ。ラウンジには入居者の描いた絵などを飾ってギャラリーにしてもよいし、前庭でちょっとしたコンサートなどのイベントを開いてもよいだろう。

こうした施設であればこそ、人が見て「ああ、よい施設だな」と思えるのだが、そうでなければ差別を生み出すことになる。施設があるというのでその場所を避けたり、被差別地域として特化されるようなことがあってはならないはずだ。また「その施設を利用した」ことで後ろめたい気持ちを持たないよう、後ろ指をさされることのないような施設でなければならない。だれが見ても「よい施設だな」と思えること。そうでなければ意味はない。

実は、こうした条件は、老人ホームなどの高齢者福祉施設に求められる条件とおなじなのだ。高齢者施設とホームレス施設では目的も性格もちがうだろうと思われるかも知れないが、非常に重要な共通項がある。それは、
両者とも、無用と思われている存在である
ということだ。健康な老人であればまだ家庭や地域社会などに居場所はあるが、いったん健康を害したとなると、とたんにお荷物になる。それは、老人ホームの調査によって「帰る家がない」と答えた人が3分の2もいることからもわかる。家族がいても、諸般の事情から引き取ってはくれないのだ。ホームレスもその延長線上、人間の究極の形態として、同列で語られてよいと思う。

近頃はやりのことばに「ノーマライゼーション」なるものがある。高齢者や障害者を地域社会の中でふつうに生活させようということだが、ホームレスについても同様のことがいえるだろう。社会から隔離されたような環境では、活気あるコミュニティが形成されず、社会復帰への意欲もわいてこない。施設の周りがどんよりとした空気に包まれているようでは、施設としての用を成さない。よい部屋のある、よい施設が必要である。

こうした施設は、実は災害時にもたいへん役に立つ。阪神大震災の折、いちばん多かったのは学校の体育館に避難した人たちだった。粗末な食事や環境の悪さから健康を害する人が多くいたことは冒頭でも触れたが、給食の廃止で調理設備のない学校が多かったことも災いしている。ガスもない、調理器具もない、食器もない。食事を温めることさえできなかったという。逆に、役に立ったのが福祉施設だ。高齢者や障害者のことを知り尽くしているがゆえに、その不便さから数日で避難所を出なければならなかった障害者などをはじめ、ふつうの人たちにとっても非常にありがたい場所であったにちがいない。

1996年6月、トルコのイスタンブールで開かれた第2回国連人間居住会議(ハビタット2)で、居住の権利宣言が採択された。1948年の世界人権宣言にも衣食住の権利保障は宣言されているのだが、50年近くを経て、改めて居住の権利を宣言したのだ。まさに、住まいは人権だということだろう。

本気でホームレス問題の施策に取り組むのなら、物理的に必要なのは、まずもってまともな住居である。まず真っ先に「心安らぐ部屋」が必要だと思う。

というようなことを、この本『居住福祉』(早川和男/岩波新書)を読んで考えた。考えたというより、ほとんどパクリである。パクリというより、書いてあることそのままだ(笑)。興味のある方はご一読を。

居住福祉
早川 和男
岩波書店 1997-10

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