ホームレス戦争

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久しぶりにネットカフェの壁を思い切り蹴飛ばして眼が覚めた。なにかわめいたが、なんとわめいたかはもう忘れてしまった。正確にいえば、思い出したくないのである。思い出さないようにしている。思い出すことを心が拒んでいる。

臨床心理学でいう、フラッシュバック、に似ている。命の危険にさらされるようなショッキングな出来事に襲われた人が、受けた心理的な傷によって、その後、不安定な生活を余儀なくされる病気にPTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれるものがあるが、フラッシュバックはPTSDの症状のひとつである。「再体験」とも呼ばれるとおり、なにかをきっかけにして、その事件をありありと再体験することをいう。日中、白日夢のように体験するケースもあるらしいが、夢に出てくることも多いようだ。それによって不眠、疲れ、気力の減退、不安などが引き起こされ、日常生活に支障をきたす。

ぼくの場合、事件からすでに数年が経過しており、またほんとうにフラッシュバックであるのかも判然とせず、そもそもPTSDなのかどうかさえも疑わしいわけで、そのあたりはまったくわからない。わかっているのは、事件の夢を見、そうして飛び起きることがたびたびあるということだけである。その結果として、不眠症や疲れ、気力喪失、不安感の増大などは起こってくるが、これはあたりまえだ。

今回のきっかけはわかってはいる。長年、ホームレスを非難しつづけている有名なサイトがあるのだが、ちょっと調べたいことがあって、そのサイトを見に行ったことが原因だ。

このサイトの掲示板は、ホームレスが多数生活する川崎の地域住民が中心となって書き込みをしている。「ホームレスがいかに迷惑な存在であるか」という情報のみを発信することを目的とし、支援者と行政、そうしていうまでもなくホームレスそのものを徹底的に非難しつづけているサイトだ。

かつて、ホームレス緊急一時宿泊施設「愛生寮」建設の際、情報発信と議論の中心となったときには、それでもまだ礼節を保ち、道を外れるほどの言動をする者はほとんど見られなかった。それは、たとえ心のうちに醜悪な思いを抱えていようとも、社会人としての通念だけは守ろうという、社会の一員としての意識は働いていたからであろう。

したがって、愛生寮問題が終わったあとでは、ほぼ全員のメンバーが書き込みをやめた。ホームレスをあざけって揶揄したり、支援者・行政を非難する段階は過ぎたことを、多くの者は理解したのである。近年になって、ことさら格差社会がクローズアップされてくればなおのことであろう。ホームレスになることなど、まったく特殊ではなくなりつつある時代だからだ。

そうして大半の市民は引っ込んだ。残ったのは誰か。それはぼくが、
「善良な市民を気取ったゴロツキ」
「市民ヅラしたチンピラ」
と呼ぶ連中である。

彼らは今や堂々とホームレスを「浮浪者」と蔑み「負け組」と見くだし、自分がホームレスになったら自殺する、ウザいから消えろとまでいい切って、自分たちがホームレスを憎み、憎悪し、忌み嫌っていることを、もはや隠そうとさえもしない。

歩道に寝ざるを得ない者を探し出しては吊るし上げ、廃屋に入り込んだ者を見つけ出しては、その者の命ではなく、火事の心配をしているありさまなのである。台風で水浸しになった河川敷のホームレス小屋を「もっと増水してきれいに流されてしまえばよい」とまでいう。

彼らはホームレスに「死んで欲しい」とさえ願っているのだ。

彼らのこの姿が、ぼくを路上へと突き落とした張本人とダブる。一方は自分の弟の死を願い、あまつさえ殺そうとまでし、また一方もやはりぼくの死を願っている。誰かがホームレスという存在の死を願うとき、それはぼくの死を願っているのとおなじことなのである。誰かがホームレスを非難するとき、それはぼくを非難しているのと変わらない。なぜならば、ぼくはホームレスであるからだ。

彼らは、ぼくを殺してまで自分から遠ざけようとしたあの異常者と、なんら変わるところがない。彼らの姿は、あの男と直接に結びつく。それが今回の悪夢の原因となっている。

……おそらく、これは戦争なのだと思う。ぼくに戦うつもりがなくても、ぼくをあざけり見くだし吊るし上げ、戦いを挑む者どもがいる。ぼくに死んで欲しいと願っている者どもがいる。

もはや、なぜ彼らがそれほどまでにホームレスに怒り、ホームレスを憎み、忌み嫌っているのか、その理由さえ定かではない。彼らの当初の望みどおり、公園は「きれい」になったからである。彼らの望みは叶ったはずだった。したがって、現在の活動理由はまったくわからない。

だが、ひとつだけわかっていることがある。それは、怒りは怒りで、憎しみは憎しみで裁かれる、ということだ。彼らがホームレスに対して怒り、ホームレスを憎みつづけるかぎり、彼らもまた怒りと憎しみによって裁かれる。誰に?

アメリカのハードボイルド作家、ミッキー・スピレインが生み出した私立探偵、マイク・ハマー。.45口径を振りまわすこのタフガイが初めて登場する小説の原題を、
『I,THE JURY』
という。
邦題は『裁くのは俺だ』。

これは戦争だ。彼らが始めた。終わらせるのは誰か。
それとも、右のほおを打たれたら左のほおも差し出すのか。汝の敵を愛すのか。
いくさはつづく。ぼくのホームレス戦争。

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