理解することされること、ムダな努力、負け組勝ち組、そして棺おけ。

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人はその根本において、互いに理解しあうことはできない。他人を完全に理解することは不可能だ。それは人間がそのような仕組みにできあがっている以上、どうしようもないことである。

人間はすべての世界をおのれの内側に作り上げ、それらと付き合うことで日々を暮らしている。あなたが今見ている景色でさえ、別の人間にはちがった景色に見えている。すべての景色はあなたというフィルターをとおして、あなたの中に作り上げられた世界だ。あなたはその眼の前にあるものを、決して「その姿のまま」見ることはできない。

眼の前にあるものすらそのほんとうの姿を見ることができないのに、ましてや眼に見えぬ人の心など、とうてい理解できるものではない。そういうわけだから、他人をほんとうに理解することなどは不可能なのである。

だがしかし、理解できないということと、理解する努力をしないということとはまったくちがう。あるいは、理解されようとする努力をはじめからしないこととは、まるで意味がちがう。なぜならば、理解できないというのは結果に過ぎず、理解する努力、理解されようとする努力はプロセスだからだ。

人生の結果とはなんだろうか? 死、である。すべての人間は、その人生の結果、死に至る。死がすべてならば人生に意味などない。どうせ死んでしまうのだから、どのように生きてもつまらぬだけである。

しかし、多くの人は、人生に意味を見出そうとする。あるいは意味を持たせようとする。それは「死んで終わり」という結果ではなく、「いかに生きたか」というプロセスこそが重要だと知っているからだ。

したがって、最終的には理解不能であることを承知で、しかしなお理解する、理解されることを求めてゆく。結果が死だとわかっていても、それまでの生きたプロセスを大事にするのとおなじことだ。

だから、理解されることを求めるのは恥でもなんでもない。ましてや甘えでもない。誰かを理解できないことを恥じる必要もない。恥じるべきは、プロセスを踏まずに結果のみで判断することだ。

結果はわかっている、やってもムダ、だからなにもしない。その態度はおおいに恥じてよろしい。なにもしないうちから、きいたふうな口を利くものではない。失敗しつづけてからものをいうべきである。

理解できるわけがないから話はしない、という、その態度こそ恥じるべきである。ホームレスのような負け組になりたくなかったら、という、その考えこそを恥じるべきである。諸君は勝ち組なる連中がどういう人種なのか知っているのか?

棺おけに入るとき、金以外持っていない人間。
勝ち組とはそういう人種のことである。もちろん彼が死んだあとは、遺産目当ての連中が、よってたかって醜悪なドラマを演じるのだ。

棺おけに入るとき金以外持っておらず、死んだあとも金しか残さない人間。それを勝ち組と呼ぶ。いや、君がそれを望むのならばそれでよい。がんばって勝ち組を目指したまえ。勝負に生き残れたらの話だが。

勝負は上にのぼるほど厳しいものになってくる。まわりじゅう勝ち組だらけで、互いに寝首をかくことだけしか考えていない。みんな、自分だけは負けないと思っている。だが、誰かは必ず負けるのだ。強者が集い、そうしてその中の誰かを敗者に追い込んでゆく。誰もが「自分だけは……」と思い、しかし誰かが負けてゆく。運よく生き残っても、最後には死が待っている。そして君の手元には、金しか残ってはいないのだ。勝負とはそういうものである。

ホームレスを負け組だと考えているのなら、それはおおきなまちがいだ。ホームレスは単なる「金のない人」に過ぎない。金がないので家に住めないというだけの話である。むろん、人間関係の喪失がどうたらという側面はあるが、それはメンタルにおいて、ということだ。状況的には「金がない」、そのひとことに尽きる。

自分たちの立場は他者に理解できるわけはないから話さないとか、あなたはあなた、私は私とか、ホームレスのような負け組になりたくなかったらとか、その考えこそをまず恥じよ。自分がなぜホームレスを憎むのか。「家がない」というそれだけの者を、なぜそれほどまでに忌み嫌うのか。よくよく考えよ。

以前にも書いた。理由はたったひとつである。
「自分だけが幸せならばそれでよい」
例外はない。「家がない」というだけの者を非難する連中は、例外なくそう考えている。あなたがもしホームレスを非難する者であるならば、あなたもまた例外とはなり得ない。あなたは自分の幸せだけしか考えぬ「自己愛人格者」である。あなたに他人を幸せにすることは決してできない。だから、棺おけに入るとき、金しか持っていないのだ。

そういう人生がお好みならば止めはしない。ひたすらおなじ考えのお友だちだけで集い、世界との分断を誘うがよい。ひたすら勝ち組を目指して歩くがよい。しかし、全勝の力士はいない。あなたはいずれ、必ず負ける。そのとき初めてあなたは気づくだろう。人生には勝ち組も負け組もないのだと。

ただし、そのとき気づいても遅いかも知れない。気づくのは早いほうがよいように思う。

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