山谷地域越年越冬宿泊援護施設「なぎさ寮」

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 川崎の埋立地は工場ばかりで、公園も緑道もレクリエーション施設もほとんどなく、一般的な散策にはまったく不向きだが、多摩川を越えて東京都に入ると、こちらには公園のたぐいが豊富にある。羽田空港にほど近い埋立地は工業地帯というより物流センター街で、ものものしい異形の工場もなく、このあたりの散策コースは東京港野鳥公園などを含む「大井・羽田コース」として、東京都が作った「武蔵野の路」のひとつになっている。

 先日、この近辺をぶらぶらと歩いてみた。もっとも、ぼくはコースをなぞって歩いたりはしない。こっちの路地に飛び込んであっちの裏から飛び出してそっちの角を曲がる、ということばかりしているので、コースの紹介にはてんでならない。


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 そうやってまたひとつ、余計な角を曲がって歩いていると、まったく予期しない光景にぶつかった。ベニヤの切れっぱしに手書きで「山谷地域越年越冬宿泊援護施設 なぎさ寮」とある。ぎょっとして立ち止まった。


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 ここは東京都大田区の隅っこ、羽田空港にほど近く、山谷ははるかかなた、台東区の浅草だか千住だかの下町あたりにある。「なぎさ寮」があるのは埋立地で、周辺に民家などほとんど存在しない。人など住んでいない場所である。元は東京都の倉庫かなにかだったらしい。風に飛ばされた洗濯物が地面に散乱しているが、気づく人は誰もいない。


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 裏は運河に面している。羽田空港に離発着する飛行機の音も聞こえず静かで、一見、環境はよさそうに見えるが……


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「なぎさ寮」前を走る道。この日は休日だったため交通量は少なかったが、おそらく平日は多数の大型トラックが地響きを立て、この片側3車線の道を駆け抜けてゆくにちがいない。

 右に見えるのは中央卸売市場「大田市場」である。商店は「大田市場」の向かいに、わずかに食堂が一軒あるのみだ。そのほか、この近辺には、コンビニひとつ、まったく見当たらない。人が住んで生活するための街ではない。「なぎさ寮」の住人たちは、いったいどこで買い物をしているのか? 今世紀最大の謎だ。


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 道を反対から望む。今度は左が「大田市場」、右奥が「なぎさ寮」のある辺りだ。右手前には会社のビルが並ぶ。この手前に、食堂が一軒あるだけ。ほかにはな~んも、ない。交通の便だってあるんだかないんだかさっぱりわからんし、こんな場所でふつうに生活しようと思ったら、まず真っ先に自家用車が必要だ。


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 この写真は一連のものより1年ほどのちの2009年3月27日、アルバイトで「なぎさ寮」にきたときに撮影した。60畳敷きほどの広さに、20~30人ぐらいが雑魚寝する。


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 ご近所のホームレス。


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 最後はいつものヤツで締めくくり。見返り美人ならぬ見返り美ネコ。京浜島つばさ公園にて。

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