インサイダーとしてのネットカフェ難民

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代表的なネットカフェ難民の当事者ブログには、

  1. 堅紳とハムとにゃんの大冒険~人生という大海原で奮闘する航海日誌~
  2. ネットカフェ難民ブログ
  3. おかまネットカフェ難民生活記録

といったものがある。1番目はテレビのネットカフェ難民特集でシュウジさんとして紹介されていた人のブログで、その影響からか一時はひどく荒れたらしいが、現在は平穏無事に運営されている。

2番目はニートだった女性がネットカフェ難民になったというもので、数ヶ月前に友人の世話になって難民脱出という顛末であった。ちなみに、管理人さんがほんとうにネットカフェ難民であったのかという疑問がないわけではないが、本物であるにもかかわらず疑いをかけられる苦痛を思えば、本物として扱うべきなのだろうと思う。

3番目は、おかまであるトランスジェンダーの女性がネットカフェ難民の生活をつづるものであり、現在はほぼ脱出のめどが立ったようで、日々の心情などが書かれている。

さて、これらネットカフェ難民のブログを読んでいると、その内容が実に似通っていることに気づくだろう。いずれもが、苦境に陥ったネットカフェ難民たちが、ときに泣き、ときに怒りながらも、挫けることなく前向きに進み、がんばってネットカフェ難民を脱出するという「ストーリー」だからである。

記事に寄せられるコメントも、似たような意味合いのものばかりが目立つ。
「がんばってください」「応援しています」
「あなたはすごいと思う」「あなたは偉いです」
「励まされました」「元気をもらった」
なんとも健全なコメントだ。

それに対するネットカフェ難民たちの姿勢も、感謝したり謙そんしたり相手を持ち上げたりと、おおむね同一である。いずれのネットカフェ難民も、ごくふつうの健康的な反応を示している。べつのいい方をすれば非常に社会的ということで、社会の内部でふつうに生活している平凡な人間とおなじ反応を示すのだ。

ぼくは以前から、これらネットカフェ難民のブログの記事、あるいは展開されるやり取りについて、なにか「違和感」を覚えつづけてきた。それは彼らが本物だとか偽物だとかいうレベルの話ではなくて、彼らが示す態度と考え方そのものに対する違和感だった。

そう、ひとことでいえば、彼らはあまりにも健全過ぎるのだ。彼らの書く記事は健全であり、寄せられるコメントも多くは健全であり、対する彼らの態度も健全そのものなのである。

なんだろう、この健全さは? ネットカフェ難民という苦境の生活を強いられていながら、よれたりねじれたりすることのない奇妙な健全さが、そこに見て取れるのだ。

理由のひとつは、彼らネットカフェ難民が「インサイダー」だということにあるように思われる。彼らはネットカフェ難民という立場ながらきわめて「ふつう」で、一般人とおなじ価値観や考え方を共有し、ふつうの市民の態度を以って一般人と接しているのだ。

彼らはきわめて常識的、あるいはそれ以上に一般市民なのであり、価値観や世界観、考え方といったものは、すべて市民社会の基礎的な部分に基盤が置かれている。つまり、彼らは社会の内側に「頭」を置き、身も心も市民社会にどっぷりと浸かった完全なインサイダーなのである。

ぼくが彼らのブログを読んで違和感を覚える理由は、すなわちそこにつづられていることばたち、そして考え方が徹底して社会的規範の中にあり、すべてが圧倒的に健全なインサイダー同士のやり取りだからである。本来、市民社会の外側に位置するアウトサイダーであろうネットカフェ難民と、一般市民との交流でありながら、そこに互いの齟齬(そご)が一切見られない。なんとも健康的なインサイダー同士の発想と対話だからこそ、実に奇妙に感じるのだ。

市民社会の枠組みから外れることなく、まさに優等生のごとく進む物語に、驚きもなにも感じない。彼らが下す予定調和的な結論や、あまりにも優等生の発想、そして出来レースのような展開を見ていると、むしろ、ある種の「気持ち悪さ」が残る。インサイダーとしての「在り方」が、彼らの中にそれほどまでに深く根を下ろしていることに驚くのである。

さて、ホームレスの運営する代表的なブログには「路傍たたずみ見つめている」や「ホームレス文化」があるが、いっては悪いけれど両者とも、とても健全とはいいがたい(笑)。

前者の管理人である橘安純さんは詩や句などを書く芸術家であるし、後者の小川てつオさんもホームレス生活の豊かさを訴えたりもし、またこの方も芸術家である。おふたりともいつまで経ってもホームレスのままで、失礼ながら前向きなんだかうしろ向きなんだか、がんばっているんだかいないんだかサッパリわからぬ(笑)。さらにいえば、厳しい路上で歳を重ね、一筋縄ではゆかない老獪さをも秘めていて、なまじな「健全なインサイダー」なんぞでは歯が立たない。

末席に名を連ねるぼくも、なんやかやいいながらいまだホームレスであって、やる気だってあるんだかないんだか、前を向いたかと思えばすぐにうしろを向いてしまい、いってることといったら苦言だのなんだの、視線は完全にアウトサイダーのそれである。ぼくを含め、先のおふたかたもおそらくはその気質、アウトサイダーなのであり、アウトサイダーの価値観と世界観、考え方を持っているのだと思う。

ぼくがネットカフェ難民たちのブログを読んで感じる薄気味悪さは――そう、彼らのブログはあまりに一般社会と整合し、調和し過ぎていて、まったく薄気味悪いのだ――彼らが完全なインサイダーであり、ぼくがアウトサイダーの気質を持つことに由来するのかも知れない。

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