心を追い詰める考え

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ネットカフェ難民やホームレスなどを非難する常套句に「自業自得」なることばがあって、だからひとつの記事に「ホームレス」と「自業自得」がセットになっていたら、そりゃもうたいていは考えなしのあんぽんたんが書いていると思ってよく、ぼくなども説明して理解を求めると同時に、ちょいとお灸をすえてやろうかと余計なことを考える。そうしてものの見事に読みちがえ、ドジを踏んだりもするわけですが(苦笑)。

ただ、こういう事例をたくさん見てきてひとつ気づくのだが、「ホームレスは自業自得だ」といって非難する人たちには共通してその背景に、必ずといってよいほど「自己責任」と「自助努力」という思想がたちこめている。このふたつの考え方が基盤となって、そこから「自業自得」ということばが押し出されているのだ。

しかし、よくよく考えてみると、「自己責任」と「自助努力」ということばを身体に刻みつけた人たちは、日々の自分の生活もその考えに支配されていて、かなり緊張度の高い毎日を送らざるを得なくなっているだろう。ちょっとしたミスであっても、それは「自己責任」であり「自助努力」が足りないわけで、その穴を埋めるための努力と反省によって、休む間もない生活を余儀なくされていても不思議ではない。

考えようによっては、他者の批判に向けられてこの考えが使われているほうが、まだましなのだといえるのかも知れない。自己批判が先行して行き過ぎれば、それはまちがいなく抑うつを招く。場合によっては病気にもなるだろう。

とりわけ20代、30代の若い世代から「自己責任」「自助努力」という声をよく聞くように思うのだけれど、してみると彼らの毎日はこれらの考えに縛られて、実は相当にしんどいものだと想像できる。そのうっぷんを晴らすために、他者に攻撃性が向かうのかも知れない。

なぜ、このようなしんどい考えが広まり、人々のあいだに根づいたのだろうか? たとえば、小泉元首相などが、この手の考え方を振りまわして人気を取っていたのを見ても、多くの人に支持された考え方なのだと思う。

すべてを個人に帰すのは欧米流の個人主義の影響だと思うが、これは自由闊達に行動できるエネルギーに満ち溢れた社会でこそ有用なのであって、閉塞感の強い息苦しい世の中では、むしろ人々を追い込んでゆく。

だから、本来、今の日本にはそぐわないはずの考え方なのだけれども、それを輸入して広めているなにものかがあって、教育機関なのか、社会なのか、メディアなのかわからないが、どうも世の中の人々、とりわけ若い衆の心をがんじがらめに縛りつけはじめているようだ。

すべてをおのれのせいだといわれ、おのが努力のみですべてをまかなうよう教え込まれた若い衆は、誰を頼ることもできず甘えることも許されないで、それは非常にしんどい心を生きているにちがいない。そういう人が増えてきているのであれば、世間が息苦しいのも納得できるというものだ。

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