母の日に

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そうか、きのうは母の日だったんだね。すっかり忘れていた。娘として息子として、あるいは母として、過ごした人も多かったのだろう。

ぼくに母はいない。まだ存命だと思うけれど、もう何年も会っていないので実際にはわからない。いずれにせよ、彼女が死ぬまで会うことはないだろうと思うので、もう死んだことにしている。まぁどちらが先に死ぬか、競争みたいなところもあるのだが。

ぼくを路上へ突き落とそうと、兄と一緒に躍起になっていた人なので、これも仕方がない。彼女も息子は兄しかいないと思っているらしいからおあいこだ。ぼくは息子としてふつうには母を愛してはいるが、同時に激しく憎んでもいる。

母親を悪くいう男にロクな人間はいない。まぁぼくはそういう人間のひとりだ。

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