なにも届かないことばたち

スポンサーリンク

「見えにくくなってゆくホームレス」のコメント欄でオセロットさんからいただいた、

 このところの健次郎さんのトピックに触れながら想うのは、“個人と普遍”、“ガッカリするかもしれない読み手の在り方”と表現されたこと=一連のトピックで“哀しさ”や“喪失”を健次郎さんのスタイルで叩きつけるように刻まれたことの“届かなさ”です。

 という一文が、妙に頭にしこって離れずにいる。このブログには400以上のトピックがあるのだけれど、そう、ぼく自身、これだけのことばをつづっておきながら、相手のこころになにひとつ届いてはいないのだということを、毎日のように感じているからだ。

 これは「そう感じる」という感性の問題であって、理屈ではない。強いていえば「流れにハマッていない」とか「ズレている」などとしか表現し得ない、決してことばではいい表せないたぐいのものだ。

 伝えたいことが伝わっていない、相手に思いが届いていないという感じは、わかりやすくいえばあるいは片想いのような感情かも知れない。多くの人はそうした経験があるはずで、感覚的にはむしろ理解しやすいだろうか。こちらの気持ちが相手のこころにまったく届かないという、あのどうしようもなくやるせない切なさのようなものである。

 ことばで気持ちが届くというのは確かに幻想ではあるが、相手の気持ちを「共振」させることはできる。片想いを知らない人にもその感情を追体験させることはできるはずなのだけれど、ぼくのことばが稚拙なのか、相手が共振している感覚がつかめない。「ズレている」どころか「まったく接していない」感じがある。完全に分離しているのだ。

 ぼくはもしかすると読み手のみなさんに、片想いをしているのかも知れない。決して届くことのない、永遠の片想い。

関連記事

お仕事 心配してくださるのだろう。最近になって時折、お仕事のお誘いを受けることがある。うちの会社で働きませんか、というものがほとんどだ。ぼくのような人間に対して、とてもありがたいことである。感謝に堪えない。感謝に堪えないが、みな、お断りしている。正確には、ご返事を差し上げていない。 理由はさまざまだけれ...
とあるホームレスの一日 某月某日 公園のベンチにしわくちゃの新聞がみ一枚を敷き、そっと腰を下ろす。春とはいえ、まだ首筋を冷たい空気が這いのぼってくる深更である。ほったらかしのブログをどうするか考える。心配してコメントをくれた人たちに取りあえず感謝はしたものの、たいへんに申し訳ないことだが個別の返事は差し控えることにする。ど...
並ぶ並ばない並べない、立ち入れない取り戻せない、そして立ち去る...  ここ数年、正月は、とある路上で開かれる新年会にお邪魔させてもらっている。主催は野宿者で、近隣の路上生活者やサポーター、社会運動家、立場のよくわからない人、あるいはぼくのように得体の知れない者までが集い、新年のあいさつを交わして、おみくじを引き、書き初めをし、飲んで食べて笑い合い、真剣に語り、ときと...
Show me a way!  梅雨入りしてからというもの、南関東は連日、凄まじいまでの暑さがつづく。レンガだかタイルだかの張られた路上からの照り返しは猛烈だ。ぼくはやや脱水状態気味であり、あまり体調がよろしくない。みなさんもお身体お大事に。...
スポンサーリンク