ネットカフェ難民を追う者たち

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■4月27日

この調査が新聞記事になっているので追記しておく。「ネットカフェ:生活の拠点にする若者、全国に拡大」(MSN毎日インタラクティブ)。

個人加盟の労働組合、首都圏青年ユニオン(伊藤和巳委員長)などが10都府県のネットカフェで実態調査したところ、すべての都府県で、ネットカフェを生活の拠点にする若者がいることが分かった。これまで都市部の一部と思われていたが、全国に拡大する様相となっている。

探したら見つかった、という話で、「拡大」しているわけではない。初めからいたのだ。どこにでもいるというのは、ホームレスと変わらない。

■4月25日

こいつは驚いたなッ! なんと「My Last Fight:「ネットカフェ難民」調査」の管理人さんは、この件の関係者らしいのだ。

全労連青年部や民青同盟、首都圏青年ユニオンの仲間たち30人と、いわゆる「ネットカフェ難民」と呼ばれている若者たちの生活実態調査をしていたのです。

とのこと。なるほど、調査だったんだ。それにしても、現場を共有した人が見つかるというのはおもしろい。しかも関係者です(笑)。お疲れさまでした。

***

■4月24日

薄暗い階段を勢いよく駆け下りて1階のロビーに飛び出したとたん、ぼくは凍りついた。レンズだ。出口の右手にテレビカメラのレンズが、雨よけのビニールカバーに包まれ蛍光灯の光を浴びて、てらてらと光っているのだった。

瞬時に悟った。ネットカフェ難民の取材である。カメラの先には2、3人の男たちが固まっていて、うずもれるように立っている若いひとりの男がなにごとかを話し、クリップボードを手にした周囲の男たちが聞き入っている。

心臓がどくどくしはじめた。
どっくん、どくどく。どくどっくん。
左の胸を指先で軽くノックされるような、今にも止まりそうな不規則なリズムを刻む。不整脈。なにかの緊張をきっかけに起こるのだろうか。不整脈は路上生活に堕ちてから、ことあるごとに顔を出すようになった。それも、だんだんと頻度を増している。

外へ出るにはレンズの前を横切らなければならなかった。むかし写真をやっていたこともあって、ぼくは自分をファインダー側の人間だと思っている。たとえ瞬間であれ、この姿を他人のレンズに捉えられたくない。ぼくはマスメディアなど大嫌いだし、なによりもこの醜き姿、連中のテープになど残されたくはなかった。しかし、外に出るには、どうあってもレンズに姿をさらさなければならない。

眼であたりを探った。30代と見える女性が眉間にしわを寄せてぼくをにらんでいた。ディレクターだろう。ぼくは眼だけで「いいか?」と訊いた。眼だけで「行け」と返ってきた。あるいは「失せろ」だったかも知れない。ぼくはレンズから顔をそむけて足早にビルを出た。

そのまま少し歩いて息を整えた。心臓はまだ奇妙なリズムを刻んでいる。しとしと雨が身体を濡らす。思い出して傘を開いた。大通りの信号を渡って道の反対側を戻りながら、取材の様子を眺めた。テレビカメラがもう1台ある。スチールカメラマンもちらほら見えた。なにかポスターを持った連中もとぐろを巻いている。見物も合わせるとけっこうな人数だ。

どっくどっくどっく。
やっと心臓がまともな鼓動に戻ってきた。深呼吸をしながら再び信号を渡り、出てきた方向とは逆から近づいた。大通りをはさんで1周してきたかたちだ。出口の脇に陣取った男たちを、やはりカメラは追いつづけている。ネットカフェ難民に話を聞いている場面が画になるのだろうか。少し奇妙だった。なんの取材だろう。

会社帰りとおぼしきスーツ姿の若い男性が声をかけてくる。
「なにかあったんですか?」
「わかりません」
たしかに一見、事件現場かなにかのようにも見える。しかし警察官もいなければパトカーもない。むろん救急車もない。

ぼくは前にいた少年のバッグを引っ張った。
「これ、なんの取材か知ってる?」
「ネットカフェ」
それはわかっているが、少年にもそれ以上のことはわからないようだ。

さらに、メガネで小太りの中年男性に訊いた。よく見ると、ダンボールに貼り付けたポスターを胸の前に掲げている。関係者ならまちがいあるまい。
「これは取材かなにかですか?」
「テレビがきてます。新聞社もいますね」
「なにを取材してるんですか?」
「最近、日雇い派遣とかの」
「あぁ、ネットカフェ難民とかいう……。これは?」
とぼけて見せながら、ぼくは彼が持っているポスターを引き寄せて眺めた。「青少年ユニオン」とあった。なにかの労働組合だ。フェスティバルの告知のようだ。

なるほど、と思った。ネットカフェ難民の若者に話を聞いている男たちは、おそらくこの組合のメンバーなのであろう。ネットカフェ難民がメディアを賑わしはじめ、その存在に眼をつけた組合が彼らに直接会うところを、メディアは追っているのだ。

メガネの小太りさんが紙袋をガサガサしはじめて、
「よければあげますよ」
はがき大のリーフレットとアメ玉をひとつくれた。礼をいってリーフレットを開くと、やはり若者が中心の、主にアルバイトや派遣など、個人が加盟する労働組合だった。

メガネさんがアメ玉にかまけ、どうしたわけか健康について愚痴りはじめた。医者がどうかしてアレがどうしたらしいのとひとり語るのに片手を挙げて、ぼくはきびすを返し、その場をあとにした。

メーデーも近い。ネットカフェ難民は大モテだ。だが、眼の前にいるホームレスには誰も気づかない。ネットカフェ難民とホームレスという区別があるわけじゃない。ホームレスはときにネットカフェ難民となり、ネットカフェ難民はときにホームレスとなる。彼らはときどきマック難民となり、またあるときはファミレス難民ともなるのだ。場合によってはサウナ難民になり、余裕がある者はカプセル難民にさえなる。多くの人たちが考えているようなボーダーなど、存在しない。

じとじととした雨はまだ降りつづいていた。差しかけた傘をふと、思い直して閉じてみた。濡れるに任せ、さて、これからどこへゆこうか。

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