持たざるものは分かち合えず

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 ここのところシェアとか分かち合いということを考えていて、それだからたとえば「「東京ホームレス」ウォッチ」では「幸せとは人と分かち合うものであるようだ」なんて書いたのだが、なにかぼく自身がやるぶんには気持ちがついてゆかず、幸せや愛や優しさや安らぎや明るさや元気さといったポジティブなエネルギーを分かち合うことができなくて、このブログのトピックも気がつけばいつものネガティブに流れてしまい、ポジティブなものをシェアできない自分に苛立っていた。

 なんでなんだろう? なんでぼくはそうできないんだろう? 多くの人たちができるのに、なぜ自分にはそういう大切なことができないんだ? 例によって自分を責め立てるループの入り口にいて、けれど突然に気がついた。

 ぼくは今、まったく幸せじゃなかったんである。

 自分のどこをどう探っても、幸せなどという気持ちは出てこない。幸せに満たされた充実感あふれる気持ちなど、どこをどう掘り返したって見つからない。出てくるのはみな、砕け散ったガラスの破片ばかりだ。それだから、ぼくの手はいつも血まみれなのだ。持たざるものを分かち合うことはできない。あたりまえの話だったんである。

 なんだ、そうだったのか。持ってないんじゃ払えない。ま、ツケといてくれ。

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