川崎市ホームレス緊急一時宿泊施設「愛生寮」訪問記

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愛生寮(2007/06/11)

 昨日、12月9日午後8時。しつこく降りつづける冷え切った雨を突いて、ぼくは川崎市ホームレス緊急一時宿泊施設「愛生寮」の門をくぐった。まさか、とお思いの方もおいでだろう。あの健次郎がみずから施設に? だが、事実、そうなのである。

 ぼくは先日来、とある出来事をきっかけとして、自己支援プログラムに取り組みはじめている。これまで得たいくつかのパラダイム(問題の見方、捉え方、考え方)を変え、とにかく効果的に社会復帰を果たそうと考えはじめたのだ。

 今回の「愛生寮」訪問もそのうちのひとつであり、これまで足かせとなってきた、家族や関係者にかかる迷惑だなんだかんだもすべて切り捨てて、長わずらいの抑うつ症だろうがなんだろうがもう委細構わずに、悪寒だの吐き気だの目まいだのと闘いながら、それでもそんなもんはやみくもに力任せに強引にねじ伏せて、使える社会資源は使ってゆく決意だった。

 巨大な鉄門の脇に設けられたちいさな出入り口を通るとすぐ右手に、明かりの消えた事務所があった。さらに進むと幾台もの洗濯機が並んだ洗濯室が見え、その先に簡素な食堂がつづいていて、老人がたったひとり、ぽつねんと椅子に腰掛けていた。

 正面にある両開きのガラス戸からひとり、ふたりと施設利用者が出てきたのをやり過ごし、ぼくは扉に手をかけた。押した。開かない。引いてみた。びくともしない。反対側のドアもおなじである。ぼくは眼を上げて室内をうかがった。

 青いユニフォームを着たひょろ高い青年が、仏頂面で仁王立ちになっている。隣に冷たいスチール製の事務机があって、そのうしろに60がらみでメガネをかけた白髪まじりの男が渋面をつくっていた。片手を左右に振っている。ぼくはドアを横に押した。難なく開いた。

 ぼくが室内に踏み込んでも白髪まじりの男はウンともスンともいわず、相も変わらず渋面のままであった。ぼくはおずおずと机の前に歩み出て、低くちいさな声でいった。
「あの……、こういう施設を使うのは初めてなのですが、今からでも受け付けてもらえるのでしょうか?」

「ムリぃ~ッ!」
 それが男の第一声であった。「それはちょっとできないのですが」でもなく「まぁおかけください」でもなかった。
「ムリぃ~ッ!」
 ぼくはこの瞬間、自分がひとりの人間として扱われていないことを知った。男はつづけて、
「昼間きて、面接を受けてもらわないとダメなんですよね」
 自分自身の態度に呆れたわけでもないだろうが、いくぶん落ち着いた様子でいった。隣で仁王立ちの青年は身動きひとつしない。すでに木偶の坊と化しているようである。

「はぁ、そうですか。わかりました」
 この間、わずかに30秒程度だった。門前払い、なのである。ぼくはきびすを返してドアを開け、元きた道を戻って「愛生寮」をあとにし、冷たい雨の夜に再び路上の人となったのだった。

 ぼくはほとんどなにも知らずにここを訪問した。それゆえほとんどなにも知らない。職員にしてみれば、単に自分のやるべき最低限の仕事をするだけだと思ったのかも知れない。あるいは、こんな時間にくるとは非常識だと思ったのかも知れない。また、なにも知らずにシェルターを使おうとするホームレスは非常識であり、使うのなら事前にきちんと調べてからくるべきだと思ったのかも知れない。

 しかし、窮状にあって、どうすればそのような精神的余裕が生まれるのだろうか? しかも一時緊急避難のためのシェルターが、緊急時に使えないのだ。

 ぼくが男の立場だったらどうしただろうか? 規定により、利用させることはできない。しかし、訪問者をそのままで帰すわけには絶対にゆかない。このまま帰せば二度とやってこないかも知れないのだ。とにかく、まず引き止めねばならない。そのために、
「よければ少しお話をうかがいたいと思いますから、まぁとにかくおかけください」
 からはじまり、まず相手をくつろがせようとするだろう。
「実は、今からの入所はむずかしい」
 と伝えるのは、その後になる。

 必要なら緊急の入寮措置を講ずるかも知れないが、そうでなくとも必要な生活物資などは与えなければならない。そしてここが肝心なのだが、明日、必ず面接にきてくれるよう、確実な約束を取り付けようとするだろう。

 このままなにもせずに帰して、絶望を誘うようなことは絶対にできない。これは根幹を成す思考であり、決して避けることのできない基礎的な態度である。どうあっても帰すよりほかないとなれば、手続きのために再びきてくれるよう、確実な約束を取り付けなければならない。明日の何時に何々という職員を訪ねてください。わたしから話を通しておきますから、安心して相談してくださいと、そうして連絡手段も確認しなければならないのだ。

 ぼくは福祉の仕事に携わった経験はないけれど、それでもこの程度のことは必要最低限度のやるべき業務として思い浮かべることはできる。長年、福祉に携わった方は、もちろんもっとすばらしい対応をされるにちがいない。少なくともその第一声において、
「ムリぃ~ッ!」
 とは決していわないだろう。その第一声によって、ぼくは自分が人間扱いされていないと感じ、そしてそのために、この施設を二度と訪れないと決心したのだから。

「愛生寮」は開所からおよそ2年半が経過しているが、その対応はぶざまで未完成の施設であった。開所時に所長である朝倉哲男氏が、ホテルのように使ってもらえるように云々と話したのを新聞で読んだ記憶がある。残念ながら氏の思いは、いまだまったく達成されていないようである。

川崎市ホームレス緊急一時宿泊施設「愛生寮」
運営:社会福祉法人 川崎聖風福祉会
評価:Eランク
客観的事実:突然に訪れると30秒以内に門前払いされる緊急シェルター
主観的事実:「ホームレスもひとりの人間である」という基本的事実が職員に理解されていない

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