ひとりぼっちの彼

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高校進学の際、三つの学校を受験した。ひとつは進学校で学業レベルが高く、ぼくの学力ではギリギリで、私学でもあり授業料も値が張る。おまけに家から遠く、同級生で受験する者もいなかったが、担任教師が強く勧めるのでやむなく選んだ。学力不足以上に、本人に進みたい気持ちがないので当然落ちた。

ふたつめは公立校で中くらい程度のレベルにあり、銭もかからず手ごろだった。内申書の成績と照らし合わせても受かることはほぼまちがいなく、ここがいちばん無難だろうというので受験すると、案の定、合格した。

三つ目はいわゆる滑り止めで、私学で金がかかる上に学業レベルもひどく低かったが、まぁ念には念を入れろということで受験した。同級生たちも数人が滑り止めのために選んでいたけれど、中に、ここを本命にしていたクラスメートがいた。この高校に特別な思い入れがあったわけではない。彼は学業成績が振るわなかったために、レベルを下げざるを得なかったのだ。

試験結果発表の当日、合格者の受験番号が貼り出された掲示板を、ぼくも含めた他の同級生たちはたいした興味もなく眺め、あたりまえの顔で帰途についた。幾人かのグループにわかれて駅に向かう中、ひょいと振り返ると、彼が離れたところをひとりぼっちで歩いているのが見えた。ぼくは声をかけよう立ち止まった。その腕をクラスメートが手繰り寄せた。落ちたのだ、という。しばらくひとりにしておいてやれ。

電車に乗り、学校へ報告に帰るまで、時折ぼくは振り返って彼の様子を伺った。幸い、みんなのあとについてはきていたが、眼が硬くしこっていて表情に乏しかった。どこか生きている気配が希薄になっていて、眼を離したわずかな隙に、ふっとどこかへ吸い込まれて消え入ってしまうのではないかと思えた。そこに在ることが、はかなげであった。

やがて学校に到着し、みなで合格の報告を済ませたあとで見まわすと、彼はもういなかった。すぐに家路に着いたのか、担任教師と今後について個別に相談していたのかは、今もってわからない。

人がひとりぼっちでいると、本人にも、そして周りの人間にも、なにがしかの暗い影を残すことがある。ぼくらがたいした苦労なくこなしたことを、彼は精一杯の努力でなおやり遂げられなかった。ぼくらがたいして問題にしなかったことが、彼にとってはきわめて重大な問題だった。

彼はあの帰り道、みなから離れてたったひとりうしろを歩きながら、いったいなにを感じ、なにを思っていたのか。落胆、絶望、虚無……。果たして、そんなことばだけでいい尽くせるような、わかりやすい単純な気持ちだったのか。

もう彼の名前さえ思い出せないけれど、あのうつろな顔つきだけがぼくはいまだに忘れられず、こうしてときどき思い出しては、なお彼の気持ちに寄り添おうとして、いまだ果たせずにいる。今から数十年もむかしの出来事である。

のちに、彼はどこかの二次試験に合格し、春から無事に高校生となった。

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