毒の盛り方

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4794207417 平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学
M.スコット ペック M.Scott Peck 森 英明
草思社 1996-12

by G-Tools

この本はだいぶ以前に話題になったから、ご記憶の人も多かろう。おどろおどろしいタイトルがついているが、精神疾患の一種である人格障害を取り扱った書で、セラピストである著者が経験したカウンセリング事例の紹介である。

本にするぐらいだから、タイトルのとおり、いずれもぞっとするような事例が並ぶ。中でも前半に出てくる、問題を起こした少年のエピソードは印象的だ。著者による少年のカウンセリングが進むにしたがって、かつて少年の兄が親から贈られた銃で自殺していたことがわかり、少年が誕生日に親からその銃をプレゼントされていたことが明らかになってゆく。少年はこれを自分でも気づかずに親からの「死のメッセージ」と受け止め、問題を起こすことで周囲に「サイン」を送る、つまり助けを求めていたことがわかってくる。

著者は少年の親と会い、問題の核心について話をする。ところが、彼らは自分たちの問題を認めない。開拓時代の名残だろうか、アメリカではいまだに子供の誕生日に銃をプレゼントする風習が残るが、その是非は置くとしても、少年の両親は長子が自殺に使った銃を次男へとプレゼントしたことの問題を認識せず、経済的な理由を挙げて強く反発することに終始して、最後まで自分たちの非を認めることを拒む。

どこかはっきりとせずわかりにくい、あいまいで間接的な方法で相手にダメージを与えつづけることを、ぼくは「毒を盛る」という呼び方をするが、これはかなり直接的な「毒の盛り方」、つまり表面上のことば、言い訳はどうあれ、暗黙裡に行動で具体的に表現される悪のメッセージで、衝撃的なケースだ。

この本の後半に出てくる別の夫婦は、さらに複雑で厄介である。この夫婦は子供を心配し子供のためだといって、薬になるように見えるなにがしかの方策を選び取ってゆくのだが、実は「毒を盛ること」がその選択の根本的な基準であることが見えてくる。

選択の問題点について医者が指摘しても、かえってその選択を選び取ろうとさえしてゆく。すなわち、これは絶対に薬なのだと周囲に吹聴しながら、実は毒を盛ろうと躍起になるのだが、当人たちもどこかでこれは毒だと知っているように見えるから、なおのことギョッとさせられる。この夫婦も自分たちのまちがいを認めることを最後まで拒否するけれど、その結末は悲惨である。すなわち、自分の子供に決定的な毒を盛ってしまうのだ。

これらの事例は極端と思われがちだが、実際には多かれ少なかれ日常的によくあることで、ぼくたちの身近で経験することでもある。たとえば、問題行動のある子供の家族は、子供に必要なものをまずもって与えようとせず、逆にいらぬものを必要だといって押し付け、薬と称して毒を盛ろうとしているものだ。

愛のムチ、などと呼ばれるものも、そのほとんどが実は毒のたぐいである。厄介なのはこれがときに効果を発揮することがあるからで、それを見てこれは薬なのだとカンちがいする人たちが後を絶たないことだ。

愛のムチが効果を発揮するには、相手が毒への耐性を持つ体質であることが絶対条件であって、それさえも分量をまちがえれば、直ちに全身に毒がまわって状態は悪化してしまう。ましてや、耐性のない者に毒を盛りなどすれば、ほとんど即死に近い。そして、その判断は困難を極めるのだ。にもかかわらず、愛のムチと称して簡単に毒を盛ろうとする人間はなくならない。

あなたも自分の周りをよく観察すれば、思い当たる人のひとりやふたり、必ずいるはずだ。相手を思いやるよりも自分の正しさを優先させる人、やさしさよりも厳しさをもって常に対する人、いつも白黒をはっきりさせようとする人、アラ探しが得意な人、相手を育てるためといいながら潰しにかかる人、問題があるのは相手で自分には一切問題がないといい切る人……

それはあなたの両親、兄弟、夫、妻、子供、恋人、友人、上司、部下、隣人かも知れないが、こうした「平気でうそをつく人たち」は案外どこにでもいて、誰かに毒を盛りつづけているのである。

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