あとがき ~ホームレスの河~

スポンサーリンク

 ホームレスと非ホームレスとの境にはとても大きな河が流れていて、わたしはいつもその河を泳いで渡り、非ホームレスであるみなさんの眼の前に現れて話をする。わたしはそのときみなさんの世界にいて、わたしが体験し、そして見てきたホームレスの世界をみなさんに語る。

 それは、みなさんへ贈る、わたしがホームレスの世界から持ち帰ったプレゼントだ。わたしはそれを身振り手振りでときに熱く、ときに怒り、ときに泣き叫びながらみなさんに話す。そして話を終えると、わたしは再び泳いで遠い河の向こう岸へと帰らねばならない。このブログではそれを繰り返した。

 ホームレスの世界を非ホームレスに語るホームレスはたくさんいるが、実は彼らはもはや河を渡ってはこない。はるかかなたの向こう岸から、豆粒のようにしか見えない姿でみなさんに話しかけるしかない。したがって、みなさんはその姿、その表情、うかがい知ることはできない。彼らが顔をゆがめながら話していても、みなさんにはその表情がわからない。彼らがのたうち回りながら叫んでいても、みなさんにはその姿を見ることができない。彼らはホームレスの岸におり、そこからホームレスを語るよりほかはないのだ。

 彼らはちがう世界から別の世界へと語りかける。だから、その語りかけは常識の枠を超えず、良識の範囲に収まるのだ。わたしはちがう世界のことを別の世界に持ち帰って話す。だから、それは激しく枠を超え、良識を大きくはみ出すのである。

 わたしが泳ぐのをやめ、向こう岸から話すようになったらどうなると思いますか?

 どうもみなさんこんにちは。お元気ですか? ここのところめっきり寒くなってきましたね。ぼくらホームレスはすでにすっかり冬じたく。準備万端抜かりなし、でありますが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか? 風邪などめしませんよう、充分にお気をつけくださいませ。

 さて、本日は「ホームレスが伝授する徹底節約術ッ!」の第3弾をお届けしてまいります。誰にとっても余計な出費は悩みのタネ。節約したいが思うようには……というみなさまに、ぼくらホームレスが毎日の生活から得た知恵、極上の節約術をご伝授差し上げようという、おかげさまをもちまして大好評のこの企画。はてさて、本日はどんな節約術となりますことやら、それではご開帳……

 これはホームレスがホームレスの世界からみなさんに語るホームレスの話だ。両者のあいだには、すでにちがう世界の住人としての合意ができあがっている。わたしはホームレスとしてはるかかなたから語り、それをみなさんはホームレスの話として聞く。

 みなさんはホームレスに知らず知らず、あるいはさりげなく、見下しと侮蔑を受け容れることを求めてゆく。反発者には制裁が待っている。ホームレスは意識するしないに関わらず怒りと憎しみを内在させつつ、しかし圧倒的な諦念によって、結局のところみなさんの前にひざまずかざるを得ない。ひしゃげた笑みを浮かべながら、

「すべておっしゃるとおりでございます。仰せのままに」

 ホームレスがそのドロリとした心情を吐露したり、取り乱して世間の良識を踏み外すことは決してないだろう。みなさんもその表情の下に流れる複雑な心理を読み取りはしないだろう。そして、両者のあいだには、途方もなく大きな河が永遠に流れつづける。

 そう、こうなった時点ですべては終わりなのである。ふたつの世界は諦めと怒りと侮蔑によって分断されたまま、再び接合することは決してない。ちがう世界がちがう世界のまま、交わることなく存在しつづけるのだ。

 みなさんはこのブログを読んで、眉をしかめ呪いのことばを吐き激しく動揺するかも知れない。このような世界が眼前で語られることに耐えられず、楽しく愉快な世界へと逃げ出してゆくかも知れない。しかし、それはわたしがホームレスの河を渡ってみなさんに語りかけているからだ。ふたつの世界が分断しないことのために。

 このブログは、その分断に対するささやかな抵抗なのである。

関連記事

聖夜の祈り 静寂のクリスマス・イブ。ふだん浮かれた夜の街はどこか寂しげで、それでいて人々は、胸のうちにある幸せを隠し切れない足取りで流れてゆく。青と白の電球で飾られたツリーに見守られながら、静かに肩を寄せ合うカップル。跳ねるように歩いてゆくおさな子を追う母親の温かな眼。赤と緑に彩られた包みをぶら下げて急ぐ男は、...
いまだ哀しみを知らぬ者たちに捧ぐ ホームレスとは、生きる哀しみを心に刻み込んだ者たちのことである。 あなた方がもしもいまだ哀しみを知らぬ生を送っているのだとしたら、ホームレスのうちに宿る一片の哀しみを探し出すがよい。探し出して、身にまとうがよい。あなた方が知るべきは哀しみである。あなた方は弱過ぎる。哀しみを知らぬがゆえに。 自己...
ある引っ越しにて ぼくは途方に暮れたまま、呆けたように立ち尽くしていた。あらかたの荷物はトラックに積み込んだが、洗濯機だけがどうしても動かせないのだ。中はほとんど空っぽのくせに、底のほうに重たいモーターかなにかが詰まっているのだろう。低重心でひどくバランスが悪くて、ひとりで運ぶには重過ぎるのだった。 十年以上前の...
ホームレス列伝(2)  みんながささっと夕食を済ませてさっぱりとシャワーを浴び、一服つけてさぁボチボチ横になろうかという時分だった。ぼくはベッドにも向かわずに、今や唯一の住まいとなったホームレス施設のベンチに未だうずくまっていた。  砂利を踏む湿った音に顔を上げた。痩せた青い顔が闇に浮かぶ。Aちゃんだ。 「隣、い...
スポンサーリンク