地域の協力

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東京都では今年度から「ホームレス地域生活移行支援事業」なるものをはじめている。かいつまんでいうならば、都で住宅を用意して、公園のテント生活者に安い家賃で提供するというもの。空き缶や雑誌の回収など、現在のホームレス自身の労働収入と、清掃などの臨時就労支援によって、生活費はまかなえるとされている。そして、アパート生活の間に巡回生活相談をおこない、順次、社会復帰を果たしてもらおうということらしい。同時に公園への新規流入を防ぎ、公園を適正化するという目的もある。

この施策には「公園からの強制排除だ」とか「十分な就労支援がなく、アパート生活が破綻したらどうするのか」とか「対象がテント生活者だけ」とか「社会復帰に失敗してアパートを出ることになれば公園に戻れず、さらに過酷な路上生活に追い込まれる」とかのさまざまな反対があるらしいのだけれども、それはともかく、まぁ東京都のいう「地域生活」とはこのようなものであるらしい。だが、これはおかしくはないか。

なぜなら“地域”ということばの中に、そこに住む住民という概念が入っていないからだ。川崎「愛生寮」の例を見るまでもなく、多数のホームレスが自分たちの町に流入してくるとなれば、地付きの住民の反発は逃れ得ないところだ。そういう土地へ個別にホームレスを放り込んだらどうなるか。日常に神経をすり減らし、およそ社会復帰どころの話ではなくなるように思う。

わたしは当初からこうしたプログラムには地域住民の理解と協力が不可欠だと思っているのだけれども、それはたとえばアパートの玄関と出たとたん、ご近所の主婦連がこちらを見ながらヒソヒソ立ち話をしているのが眼に入るような町では、安心して社会復帰を目指すことなどできないであろうからである。

しかし、地域住民に理解を求めるといっても、いきなりは無理なのが道理だ。だれしも自分の生活で手一杯なのだから、これ以上余計なものを抱え込みたいはずもない。そこへ理解を求めるのならば、地域にとっての“メリット”が示される必要があるだろう。そして、それは当然のことながら、行政が示すべきものであるはずだ。

話を川崎に戻すけれども、わたしは傍で見ているだけなので情報が伝わってこないのかも知れないが、この“地域にとってのメリット”がまったく見えてこない。実利でもなんでもよいが、単に「ホームレスが減る」ということではなく、ホームレスの問題に関わることで地域にどんなメリットがもたらされるのか、行政はそれを明確にする必要がある。

「ホームレスと地域住民が参加する、全国でも初の試み、川崎方式」
などといわれてはいるが、現実はカンカンガクガク、聞こえてくるのは無茶な話ばかりだ。はじめは嫌々ながらでも、最後には、
「やってよかったな」
地域からそんな声が上がるような方法でなければ、施策の有効性には疑問が残る。

荷を押し付け合うようなゼロサムゲームでは、だれかが割を食う。皮か実か、オレンジの必要な部分を分け合うような施策をお願いしたいものである。

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