失われた当事者感覚

スポンサーリンク

ホームレス問題は労働問題か? イエス。
ニートや引きこもりやフリーターは労働問題か? イエス。

loveless zero」では非就労者などについて、

まだ余裕のある時代だからこその心理の問題なのであって、20年後には単に家庭の所得の問題になっている可能性があります。

と語られている。おそらくそうなるだろうと思う。とするならば、世間の理解を促すには、今から社会全体の労働問題として訴えたほうがよいのかも知れない。心理的問題を取りざたするとすぐに個人に原因帰属されてしまい、自己責任だとかの話にされてしまうので、そのほうが世に問う形にはなる。

だが、こうしたやり方は当事者感覚から解離してゆくのも事実だ。現場の感覚からは離れていってしまう。試しに、髪の毛がボサボサでヒゲも伸びっ放し、着ているものも汚れ放題の、道端にひっくり返っているホームレスに声をかけてみよう。
「たいへんですねェ、仕事がなくて。こんな世の中まちがってますよねェ。なんとかしなきゃいけませんよねェ」
あなたはブン殴られないまでも、相手にされることもないだろう。せいぜいのところ、
「金、貸してくんねェか?」
といわれておしまいだ。当事者にとっては、労働問題だろうが心理問題だろうがどうでもよいのである。
「なんでもいいから、今すぐなんとかしてくれッ!」
つまるところ、それが答えだ。

当事者に対して社会問題を持ち出しても、それによって状況が変化しない以上、まったくなんの意味もない。よしんば当事者が話に同調してくれても、愚痴をいい合っておしまいである。それは、むしろ状況が変化しないことの諦めへとつながってしまいがちだ。いずれにせよ、まったく無意味といってよい。

現場では、当事者ひとり一人がどうなるかが焦点になる。
「ホームレスのみなさん」
という“みなさん”は存在しない。いるのは「ホームレスのダレソレさん」だけである。そのダレソレさんがどうなるかだけが重要なのだ。ここではいやおうなく心理的な問題が取りざたされる。その場で社会問題を論じても直ちに状況が変化しない以上、ダレソレさん個人の可能性を見出す以外、道はないからである。

このブログでは労働問題は論じず、徹底的に心理問題を論じてきたが、それは当事者のブログだからである。他へ眼を転じれば労働問題として取り上げているところがほとんどであり、またそれらは正論というよりほかはない。だが、現場の人間にいわせれば、残念なことにこれらのほとんどが当事者感覚を持っていないといわざるを得ない。まるで雲の上の出来事を語っているがごときなのだ。

このように、非当事者が一般社会に向けた発信と当事者感覚とのあいだには、たいへん大きなズレがある。雲上の話は大切なことだけれど、わたしたちホームレスは地上に生きている。10年先より明日のこと、明日のことより今日のこと。「今、ここで」という感覚を共有していない発信に、当事者が同調するのはむずかしい。あなたがたが10年先のことを論じているとき、わたしたちは今日の飯を心配しているのだから。

関連記事

ホームレス支援施設よりもまず職員?... 木村燈路さんという方は大学で福祉関係の勉強をされてらっしゃるようで、そのブログ「ひつじ」中の記事『ボランティア、そのあとボランティア。』では、ホームレスへのボランティア体験を語っているが、なかでも、 ソーシャルワークの専門性は、例えば「障害者」の「障害」に関わるのであって、「者」に関わるのは、ボラ...
川崎市ホームレス自立支援実施計画案... 朝日・読売・神奈川各新聞によると、川崎市が2004~2008年度のホームレス自立支援実施計画案を発表した。緊急支援から自立支援への転換を明確にした。主な施策は次のとおり。 自立支援市民事業 就労支援センター(定員50人) 公園ホームレス対策シェルター(定員200人) パン券事業の縮小・廃止 ホ...
川崎の愛生寮がグループホームを開設予定... 川崎市のホームレス一時宿泊施設「愛生寮」が来春にもグループホームを開設すると、東京新聞が「愛生寮 来春にもグループホーム」で報じた。 グループホームとは少人数での共同生活のことで高齢者支援などではよくあるが、ホームレスのグループホームはあまり聞いたことがない。市内では初めての試みだという。 たと...
ホームレス自立支援施設で利用制限 「ホームレス自立支援施設で利用制限、入所拒否も/川崎市」と、5月26日付・神奈川新聞が報じた。  川崎市がホームレス(路上生活者)の自立や就労を促進するために設けた施設の利用要件に「市内で三カ月以上野宿していること」との制限を加え、他都市からのホームレスの利用を事実上、約一年にわって門前払いし...
スポンサーリンク